やまいぬは書かねばと思った

へたれ女子大生やまいぬは今日も走る

ロンドンで王子様に会いました#1

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「ロンドンで彼氏作って、日本に帰ろう」

 

それが当初の私の留学に対する最大の野望だった。

 

勉学のためとか。学生のうちにできる貴重な文化的体験をしようとか。人生観を変えたいとか何とか言いながら、心の中ではずっと大志を抱いていた。

 

「彼氏を作りたいぞ」と。

 

さすがに今度こそ、作りたいぞと。

 

いや、ほんまに。

 

語学学校で出会った「日本人」の中で一番、素敵な人を彼氏にしたい、してやろうと本気で考えていた。煩悩ここに極まれりである。

 

受験時代は第一志望に受かりたいけど、勉強は嫌だというアンビバレントな状況下で、一瞬、スピリチュアルにハマった私である。

 

本番一か月前は赤本をやらずに、「無事、受かりました。神様ありがとうございます」と教本に則り、「未来完了形」で3回づつ毎晩、念を込めて書いていた。

 

赤本やらなかったせいで入試本番、全くやったことない問題を前に為す術も無く、周りの受験生ににらまれつつ、大泣きしながら途中退席するはめになった。

 

何が言いたいかと言うと、私の留学(彼氏)に対するソレは、受験時の第一志望にたいするソレに匹敵するものがあった。

 

むしろ受験なんかせいぜい1.2年の話だが、彼氏に関しては20年という積年の思いがあり、事態はより深刻だ。

 

私は執念にも似た宿命を背負って、6週間の語学留学に臨んだわけである。

 

ちなみに、この時点で「外国人」の彼氏は全く考えていなかった。友達に散々、けしかけられたが、いまいちピンとこず。


あまりに現実味がなくて、妄想だってできやしない。


だって、私はピコ太郎のペンパイナッポーの発音の悪さを笑えない。

 

しかも、「日本人」じゃなきゃ連れて帰れないじゃないか、とか捕らぬ狸ウンヌンよろしく、ろくに支度もせずに出発当日を迎えた。

 

文字通り、ろくに支度をしなかった。私は自分のスーツケースに何が入っているのか、まともに把握してもいなかった。

 

何故なら、生活能力ゼロで態度だけはデカく「なんとかなるでしょ」精神のズボラな娘の初留学を心配して、心配して、心配した母上が、スーツケースの中身から、保険加入から、パスポートまで、本人がサークルの活動にうつつを抜かしている間に、全てやって下さった。

 

我ながらダメ娘で、書いていて、しんどい。

成人式も終えた人間が、このザマである。

 

知らない内にどんどん重量を増していくスーツケースと、まるで危機感のない娘にイライラを募らせる母と、顔を見合わせる度に「常識問題」をぶつけて答えられない世間知らずな娘に「お前こんな事も知らずに留学行くのか」と呆れるに、私は私で、何もしない分際でストレスフルに過ごしていた。

 

当日の朝、母にせっつかれて投げやりに決めた、対して好きでもない防寒対策万全のジャンパーにうずもって、私は超重量級のスーツケースをうんざりしながら不機嫌に引き引き、両親と成田に向かった。

 

スーツケースの中のやたらかさ張る「問い合わせたら、それは必要ないと日本人スタッフに言われたけれど、一応念のために持って行って、やっぱり必要なかったらルームメイトの皆さんにプレゼントしても良い、学生寮の館長さんと語学学校の校長先生への菓子折り」を山手線に揺られながら、ずっと呪っていた。

 

何だか全然、楽しくなくて、ずっとふてくされていた。

 

やっと空港に着いて、ついにここからは見送りの方は入れませんというエリアに来たとき、突然、母が泣き出した。

 

「ロンドンなんか大都市で何でも現地で手に入るし、英語も英会話教室でネイティブの先生と喋ってるし、iPhoneで何でも調べられるし、困ったら友達に助けてもらえば良いし、たったの6週間、何とかなるだろ」とタカをくくっていた私は思いもよらない母の涙に、そりゃあたまげた。

 

気まずさと恥ずかしさと後ろめたさに申し訳なさで、そそくさとゲートをくぐってしまった。「親の心子知らず」なんて、ありきたりな文句が、そっくり当てはまってしまう。本当に本当に私は、嫌になるほど自分本意なガキンチョだ。

 

飛行機に乗ってからも、たいした感慨もなく、殺風景でだだっ広い一面アスファルトの離陸場を横目に、早速、映画を選び始めた。

 

この時、観たのは「マイ・インターン」と「恋妻家宮本」、「ブリジットジョーンズの手紙」

ファッショナブルで格好いい「働く女」のアンハサウェイにうっとりして、阿部寛天海祐希が冴えない中年カップルの設定は無理があるだろとツッコミつつ、なんだかんだで最後はワンワン泣いた。それから眠い目をこすりつつ、グラスの赤ワインをガブ飲みしながら、鈍くさいブリジットを笑った。

 

「ばっかだなぁ」。失敗ばかりする主人公をほろ酔いで笑った私は、「なんでもっと上手に生きないのだろう。考えれば分かるじゃないか」とさえ思った。

 

この時の私はまだ知る由もない。後に、自分が異国の地ロンドンで、これでもかというぐらい泣きを見ることを。後先考えずに、突っ走って痛い目に沢山あう。その度に「彼女」を苦い気持ちで思い出すのだ。「なんてこった」と。

 

でも、良かった。苦い気持ちになりながら、ちょっと面白いと思う自分もいた。「大丈夫。帰ったら皆に笑って話そう。これは過ぎればコメディーだ」

 

だから、私は今、こうして下手くそな文章で何とか書いている。

日本語なら、英語より、幾分、マシなはずだ。

 

そうして、12時間の長旅を終え、ついにヒースロー空港に到着した。

 

なんだここは。

ガラガラじゃないか。地下の長い無機質な通路は、しんとして、私の不安を駆り立てた。

 

ぼやぼやして、トイレに向かったりしてたら、どうしたもんだ、本当に周りに人がいなくなってしまった。

 

ここに来て、初めて悟る。

 

「あ、私、ひとりだ」

 

どこまでも続いて行きそうな窓もない真っ白な地下通路。

 

そこには私と能天気に赤い大きなスーツケースだけだった。

 

放り出されて気づく恐れ知らずの自分は、ただただ何も知らないちっぽけな私だった。

 

宇宙空間に浮かぶ人工衛星を思いながら、トボトボ歩いて、やっとこパスポートの列を見つけた。

 

な、ながい。

 

しかもそれぞれの列に何か種類がありそうだ。

 

わたしは……どこに並べばいいのだろう……?

 

オロオロしていたら、同年代の女子の「日本語」が耳に入ってきた。

 

振り返ると、二人組の女子大生が「えーどこだろわかんないねー」と小声できゃっきゃしていた。私はコソコソその二人の後をついていった。

 

なんだかチラチラ見られている気がする。

 

不審がられている気がする。

 

私は何で一人で来ちゃったんだろう。

 

右に左に曲がる誘導ロープを挙動不審に進んでいった。

 

自分が並んでいる列が果たして正しいのかも分からないまま心細く順番を待つ私は、それでも無理矢理、勇気を出して、まずは最初の関門、入国審査を颯爽とクリアしてやろうと思った。

 

記念すべきロンドン最初の英会話だ。ここはばっちり決めたいものだ。

 

やっと順番が回ってきて、私は晴れやかに言った。‘Hi!

 

その時の審査のオジサンが、私には地獄の門番か何かに見えた。

 

私の精一杯の「ハイ!」はあっけなく黙殺され、むすっとした黒のおっきなオジサンを前に私は震え上がった。日本史でやった「入り鉄砲と出女」の文字が頭をかすめて変な汗が出た。

 

オジサンはジロリと私の顔を一瞥し、やっぱり怖い声でぶつぶつと何かを言った。

 

ポカンとする私にオジサンは呆れた様子で(私にはそう見えた)「ナンニチタイザイスルノデスカ」と日本語でもう一度聞いた。

 

この時、あまりにも緊張して正確に何て言われたのか覚えてないけど、確かそんな事を聞かれて、真っ赤になりながら答えた気がする。

 

私よりもずっと晴れやかに笑うポスターのお姉さんと“welcomeの文字を仰ぎながら、無事、入国を済ませた。

 

ここから、今度は学生寮まで連れて行ってくれるらしいタクシーを見つけなければいけない。今度こそ、スムーズにクリアしたい。

 

出口を抜けると、そこにはズラリとプラカードを持つ待ち合わせの人たちがいて、端っこの方に、見つけた。“Yamainuとペンで書かれたカードを気だるげに持つ黒人のオジサンを。

 

とてもじゃないが“Welcome!”という顔はしていなかった。多分、私が到着するのは、手間取ったせいで予定より、大幅に遅れていただろうし。

 

何はともあれ、気を取り直してオジサンに近づいた。

 

「君がやまいぬかい?」と聞く声が、さっきのパスポートのオジサンより優しくて安心した。

 

そこからオジサンの後をついていき、地下の駐車場に向かった。

 

そこには、黒くてでっかいピカピカのクルマがドーンとあって、これに乗るのか…と思わず萎縮する私をよそに、オジサンが私の重量級のスーツケースをトランクに担ぎ上げた。

 

その様子はさながら、私の赤いスーツケースが飲み込まれるようで、ドキドキした。

 

大変なのは、ここからだった。

 

やっぱりピカピカの車内にこわごわ乗り込んで助手席に座った私は、果敢に話しかけた。

 

大丈夫だ。私は英会話教室に通っているんだから。臆する事は無いはずだ。

 

とんでもねぇ。

 

私はここで思い知る。

 

英会話の先生たちは、普段からへたくそな英語を喋る日本人を毎日、相手にして、そもそも自分たちも日本語ペラペラの人が多いし、話す時も、至極丁寧に話してくれていたらしい。

 

というのも、運転手のオジサンの英語が聞き取れないったら、ありゃしなかったからだ。

 

低くて、速くて、くぐもっている。

 

それでも狭い車内で沈黙は耐えられない。

 

私は聞こえないもんだから、ひたすら自分が話題を振らなきゃならなかった。

 

オジサンが何か言って、私が理解できなくて、オジサンが翻訳機で見せてくれるも、その日本語は怪文書のようで訳が分からない。一生懸命に解読して、答えて見せると、どうやら的外れな事を言ったようで、今度は画像を見せてくれる。

 

そこには水着のお姉さんが写っていて、ますます頭がこんがらがる。

 

どうやらこの建物で行われるパーティ―は男も女も水着で参加するんだ、やばいだろとか何とか言ってるようで、「それはさぞや寒いでしょう」と答えたら、笑われた。

 

と、今度は話題が変わったらしくて、ところどころ聞き取った内容は、彼氏なんか簡単にできるさ、ベッドに行けば、あっという間だと(多分)言われて、それは3分クッキングで最初から出来上がりのハンバーグ出すくらい、順序飛ばしすぎじゃないか、とか思ってたら、

 

「酒は好きかい」と聞かれて、勢いで「ハイ大好きです!」と答えたら、オジサンがその日一番の上機嫌で「そうか。じゃあ、今度連れてってやるよ」という話になり、

 

あれよあれよという間に、電話番号を交換する羽目になった。

 

「酒が飲みたくなったら、いつでも電話してくれよな!」

 

寮に到着して、最初と打って変って、ハキハキと手を振って見送ってくれたオジサンに、私から電話することは、ついに一度も無かったけれど。

 

しかも、ロンドンでは、ずっと機内モードにしてたから、オジサンから電話がかかってきたかどうかも分かりやしない。

 

後で気づいたのだけど、私はこの運転手のオジサンを、語学学校か学生寮の関係者だと思っていたのだけれど、どうやら、全く関係ないオジサンだったらしい。知ったこっちゃない。

 

うすぼんやりと思い描いていた学生寮は、どどんとそびえる、アパート然とした建物の前で霧散した。建物の名前も「タワー」だったし。

 

中では、ちゃきちゃきとした眼鏡のお姉さんが迎えてくれた。

 

挨拶もそこそこに部屋に通され、一通りの説明を受ける。

 

部屋の清掃は毎週何曜と何曜で、WiFiのパスワードはこれで、鍵はこれで、なんちゃらかんちゃら、これが最寄り駅までの地図で、乗り換えはこうでこうで、そこから学校まではこうだから、じゃあ、早速明日、朝8:00に学校行ってね。何か質問はある?

 

え。

 

え、え、ちょっと待って。

 

 

「私、一人で行くんですか……?」

 

私はこの時、自分史上一番まぬけな声を出したと思う。

 

「ええ。勿論、あなた一人で行くのよ」

 

Why not?とお姉さんの顔に書いてある。

 

いきなり難易度ぶち上がり過ぎやしないか……??

 

自慢じゃないが、私は筋金入りの方向音痴である。

 

受験時代、模試会場に行くのにもれなく迷って、まともに間に合った事がない。あれだけ何度も遅刻すると、試験の途中入室も手慣れたものだ。どんな受験生だ。

 

私は真っ青になって、お姉さんにもう一度、最寄り駅と学校の行き方を教えてもらった。

 

お姉さんは新しい地図を用意してくれて、説明してくれたけど、

 

「いい?○○駅を使うならこの道で、△△駅使うならこの道で、バス使うならここで、徒歩で行くならこうよ。分かった?」

 

分からない!!!!

 

いや、分かるけど、分からない!!!

 

この私が!!大学から徒歩10分の居酒屋でさえ、大3になってやっと道覚えて迷わなくなった!!この私が!!

 

そんなお手軽な説明で!!分かると思うなよ!!!

 

地図が人並みに読めると思うな!!!うわあああん!!!

 

頭の中はパニック状態だったけど、「大丈夫、です……」と言ってしまった。

 

これだから日本人は!違う、それ以前の私の理解力!!

 

そしてお姉さんは去って行った。

 

私がこれから6週間暮らす事になった部屋には二段ベッドが二つ並んでいて、私は上のベッドを使うことになった。

 

日曜の夕方、という事で、まだ誰も帰っていなかった。

 

私はギシギシ、アルミのはしごをのぼってベッドにごろんと転がってみた。

 

私は目の前の天井を見ながら途方に暮れた。

 

「とんでもないことになったなぁ……」

 

「友達、できるんだろうか……」

 

「うう……」

 

「あ。」

 

思い出した。そういや、さっき、お姉さんが言っていた。

 

「ちなみにこの部屋には、日本人がもう一人いるわよ」

 

日本にいた時は「日本人とはつるまないぞ」と強気だったとか、あれ、同じ国出身の人は同室にならないって聞いてたのにな、とか一瞬、過ったけど、

 

この際、そんなこたあ、どうでもいい。

 

私はおもむろにベッドから這い出して、窓際に並ぶスーツケースの名札を恐る恐る確認した。

 

すると、一番端のスーツケースにHarukaの名札があった。

 

ハルカ……

 

私はハルカの帰りを待ちわびた。

 

私の運命はこのハルカに懸かっているのだから。

 

もうすでにハルカは私の中でマブダチになっていた。……半分くらい。

 

それからしばらく、苦手な地図と再び格闘したり、wi-fiのパスワードが分らなくて、小さい声で叫んだりしてたら、

 

来た。

 

待ち人ハルカ!!!!

 

おかえり!!!

 

初めましてこんにちはやまいぬと申します!!!!

 

心ははやるも、ビビって動けない。

 

身を潜めていると、どうやら、ハルカじゃないらしい。

 

帰ってきたのは、他のルームメイト達だったらしく、

 

彼女たちは英語じゃない(そう、英語じゃない!!!)言葉で何か楽しく喋りながら、

そのままキッチンで料理を始めてしまった。

 

やばい。これはやばい。

 

私はぶるぶる震えながら、スーツケースから、あるモノを取り出した。

 

そう。「お土産」である。

 

どどーん。

 

私は日本で「友達」に配るように抹茶チョコレートと抹茶ポッキーを用意していた。

 

いざ。

 

友達を!!!作らん!!!

 

そろそろ廊下を歩いて、リビングに行くと、とんでもないモノが目に入った。

 

「うそだ…」

 

テーブルに抹茶ポッキーがすでに置いてあった。

 

ハルカに先を越された!!!!

 

ハルカと被った!!!!

 

うわあああん!!!!!

 

でも、もうためらってる場合じゃない。

 

私はキッチンに並ぶ背中に声をかけた。

 

「ハ、ハロー」

 

あ、あれ……??

 

もう、この時の悲しい気持ちったら、ありゃしなかった。

 

私が思い描いていたルームメイトってのは、何ていうか、明るくて、フレンドリ―で、

 

こう、きゃっきゃワイワイするものだと思ってたのに、

 

何ていうか、冷めている……

 

「私やまいぬって言うの!あなたは!?」

 

「私はジェシーよ!よろしくねやまいぬ!!!」

 

「うふふ私たち気が合いそうね!!!」

 

とかじゃ、ない。

 

「あ……やまいぬって言うの」

 

「私、ジェシー

 

「日本から来たの、へぇ」

 

「私はフランス人よ。うん。よろしく」

 

「ああああああああの!!!!」

 

私はこの、あまりによそよそしくカタい空気を打破すべく、

懐から例のアレを取り出した。

 

抹茶ポッキー!!!!チョコレートも!!あるよ!!!

 

さぁ、どちらがお好み!!!??

 

「……」

 

あれ?

 

二人とも黙ってしまった。

 

明らかに、何ていうか、Yes,please!!の空気じゃない。

 

「……あ、じゃあ、チョコもらうわね」

 

「……あ、私は大丈夫。ええ、大丈夫よ」

 

なんと、一人には断られてしまった。

 

それ以上、会話を続けることもできず、私は部屋に引っ込んでしまった。

 

私の英語、そんなにだめだったのだろうか。

 

テンパって、一人だけ空回りしてしまった。

 

こんなはずじゃなかったのに。

 

この後、リトライすべく、wi-fiと地図を持って質問も兼ねてもう一度二人に話しかけたけど、結果は同じ。全く盛り上がれない。仲良くなれない。

 

どうにも、うまくいかない。

 

部屋ですっかりしょげかえっていると、部屋に誰か入ってきた。

 

それは……

 

「こんにちは……?」

 

「こんにちは…?」

 

「日本人?」

 

「うん。日本人」

 

待ちに待ったハルカだった。

 

 

 

 

 

 

 

今日は日本出発〜ロンドン初日のお話でした。

 

 

続きは、また今度。

 

 

やまいぬでした🐻🐻



 

 🐾🐾🐾🐾🐾🐾



 

私は写真が嫌いです

嫌いでした 今までは

沢山撮った写真を眺め 

あなたにどこから話しましょうか